大和ミュージアム開館

広島県呉市に大和ミュージアムが開館
大和を題材に映画も公開予定な昨今。日本と言う国は昔から戦事に関してタブーという布を覆ってきましたが、現実を知る一つの資料としての大和を見てみるのもいいかもしれませんね。
大和ミュージアム開館
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大和ミュージアム開館” への8件のコメント

  1. こんにちは。大和ミュージアムに行かれたのですか?
    戦争は嫌いなのですが、コンピュータもない時代にああいう大きくて複雑な機械が作られていたって凄いですね。近くに行く機会があったら是非寄りたいです。

  2. 最近のアジア事情もありますし、
    メディアや他国の受け売りを何も考えずに真に受けず、
    日本人として何が真実を知っておきたいですよね。
    今度いってみようかな。

  3. >kermitさん
    大和ミュージアムは実は開館以前にいったたりします。そのときの内容こちらたしかにコンピューターの無い時代にと考えるとすさまじいお話ですね。お近くにきた際にはお立ち寄りください。宇宙戦艦ヤマトコーナーもあるそうです。案内は私が(゜゜)\バキ☆

  4. >yukiiroさん
    いらっしゃいです。
    確かに昨今のアジア状況は相互間の知識解釈にかなりの差があると感じますね。日本と言う国を本当に知る必要もあると思います。ここを立ち上げた人とお話させてもらったのですが、「本物を触って感じて欲しい」とのことでした。戦争の事を何が本質で何が本当かも大切です。それにあわせ自分で感じる事の出来る博物館になってくれればいいななんて思います。

  5. いよいよ大和ミュージアムが開館ですねっ。
    私は戦艦大和というと、「大和ホテル」なんて言葉があるように
    航空機全盛の時代にすっかり取り残され、その巨大さ故に
    何の戦果も得られないまま初戦であっけなく鎮められた
    悲しい艦、というイメージを持っているのですが、
    それでも、あの偉容はやはり頼もしいものがありますね。
    大和を描いた小説で、一番大きい大砲の発射実験で
    甲板のあちこちに置いたモルモットが全部圧死したので慌てて改良を加えた、
    という話を読んで激しい衝撃を受けました。
    私はもちろん戦争には反対ですが
    戦争が起きるシステムや
    その当事者の心理にとても興味を持っています。
    父と母もギリギリ戦争中のことは覚えているそうなので
    昨今のデモで国旗が焼かれる映像にはとても腹を立てていました。
    日本はすっかり平和になったとは言っても
    あの時代の人たちは大勢生きていて
    心の奥のどこかに、当時の気持ちがまだ残っているようです。
    おじいちゃんもインドネシアなどに行って
    目の前の戦友の頭が吹っ飛ぶのを見、
    飢えで自分の骨が丸見えになりながら生き残ってきたそうです。
    (でも、おじいちゃんはそれ以上詳しいことは孫の私には教えてくれませんでした)
    日本にもこんな時代があったということを
    しっかり見ておきたいですね。

  6. すいません
    しのぶさんっ
    とても気になるコメント頂いていたのに返答遅れてしまいすいません。・・・m(_ _)m
    「大和」と言うだけで日本の第二次世界大戦の色々な情景の浮かんでくる人たちがいらっしゃると思います。
    世界一の艤装も持ちつつ曇り空に向かって打てない主砲。戻ることのない出向に船員は家族に泣きながら遺書を書いたそうです。船員は水もなく甲板に貯まる夜露でのどの乾きに耐えながらの航行。どれを考えても大変な時代の事です。
    ただ、今現在の平穏な毎日がそんな方々の上に成り立っているんですよね。それを本当に知っている方々にとっては国旗は本当の価値を知っている筈なんですよね。
    しかし、私はそんな気持ちを心底解ることは出来ないんです。少し自分が過ちを起こしている気にすらなってしまいました。

  7. いえいえいえ、私の方こそ、日の丸の旗と言えば
    サッカーとかオリンピックくらいしか思い浮かばないので
    ろくろーさんと同じように、
    日章旗が焼かれても「不愉快」とは思っても、
    私たちの親のような怒りとは違うんだと思います。
    親の世代がいなくなれば、もう語りつぐべき人もいなくなります。
    そのための大和ミュージアムであり、
    「本物を触って感じて欲しい」とおっしゃった方の言葉にも繋がるんでしょうね。
    面白い?ことに、大和や武蔵は帝国海軍の最終兵器として
    あまりに大切にされ、戦場を避けながら航行してたという話を聞きました。
    そうこうしてるうちに、巨艦を動かす燃料も底をつき
    これ以上は実戦を避けてもいられず、
    いざ出撃というときにはすでに巨艦時代は終わっていた・・・。
    最近の戦争は非戦闘員はまきこまない、なんて
    キレイ事を言っていますが、それでも人が死ぬことに変りはない、
    こんなバカなすり替え論は聞いたこともないです。

  8. しのぶさん
    こんばんは!!!(=^-^=)
    そんなエピソードがあったとは知りませんでした。ただ、赤城、信濃等の空母艦隊も含め巨艦の時代が変わっている事にも対応出来ない・・・そんな目先の暗さが日本に大和に敗北を与えたのかもしれませんね。大和への暗号伝聞もすべて相手には筒抜けだった事を考えると自分もそうでないか少し自分を考えたりしてしまいます。
    しのぶさんの言われるように「非戦闘員はまきこまない」というのは僕もバカなすり替えだと思います。ただもし自分が戦闘員なら非戦闘を傷つけない・・・すこし、ほっとするのかも。ただ戦争自体のすり替えになっているにはかわりないと思うのですが。
    呉の街は元々は小さな漁村でしたが、戦時に日本の鎮守府として選ばれました。いまでも街には自衛隊さんたちの姿があちこちに見られます。海の方に行けば日本では唯一自衛隊艦船や潜水艦が間近で見ることができます。友人にも何人も自衛隊の方がいます。家族もたくさんいらっしゃいます。
    そんな人たちがまず一番に犠牲に・・・と思うだけでもやっぱりいやですね戦争は。
    少しまとまりのない文章になっちゃいました。m(_ _)m

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